コンピュータシミュレーションとは?


  1. 擬似世界の体験

    計算機技術の進歩によって、計算機の中に擬似的な世界・仮想的な世界を構築 することができるようになってきた。たとえば、コンピュータを利用したゲー ムのひとつにシミュレーションゲームというものがある。これは、ビル火災と かいったような、ある想定された状況のもとで、ある選択がどのような結果 をもたらすかを計算機を用いて擬似的に体験することができるゲームである。 その擬似的世界の構成要素(非常階段、防火壁、消火設備、ビルの住人 など) と、その世界の中での原因と結果を結びつける物理法則(風向き、風速と延焼 速度の関係、一酸化炭素発生量、散水による冷却率など)が現実世界に近いほ ど、より現実的な体験をすることが可能になる。

  2. シミュレーションモデル

    もちろん、現実世界のすべての細部をコンピュータの内部世界にコピーする ことはできない。そこで、模倣したい現象の本質的な部分を取り出した模型 (モデル)が用いられる。従来は計算機の能力が十分でなかったために、たとえ ば3次元空間の運動を計算するかわりに、物体はある直線上しか運動できない と仮定して1次元計算ですませるといったような極端に単純化したモデルが用 いられていた。最近になって従来の計算機の1000倍から100万倍の能力を持っ た超高速計算機が登場したことにより、ようやく本格的な3次元シミュレーショ ンが可能になってきた。また、コンピュータグラフィックスを用いてシミュ レーション結果を人間に理解しやすく表示する技術も進歩し、映像だけからで は実写なのか計算機の中の世界を可視化したものか判別することが難しくなり つつある。コンピュータの内部世界と人間の感覚器を結びつけることによって 仮想的な世界の中を自由に動きまわったり、その世界に働きかけたりするとい う仮想現実 (Virtual Reality) の研究なども盛んに行われている。

  3. リチャードソンの夢

    シミュレーションという言葉は、もともとは「まねをする」という意味を持っ ている。飛行機の操縦訓練に使われるフライトシミュレータでは本物の飛行機 で空を飛ぶかわりに、飛行機と飛行環境を模倣する装置を用いて訓練を行う。 コンピュータシミュレーションでは、現実世界のモデルを、数式を用いて計算 機の中に設定して実験を行うことになる。飛行機やロケットを設計する際に、 従来は模型を風洞という装置に入れて実験を行っていた。最近では空気の運動 を記述する方程式(ナビエストークス方程式)を計算機で解くことによって、 飛翔体のまわりの空気の流れをシミュレートし、その性能を評価するという ことが行われている。数値風洞(Numerical Wind Tunnel)とよばれるこの方式 では、現実の空気や飛翔体のかわりに数値モデルを用いて実験が行われるわけ である。コンピュータシミュレーションは空気の流れのように基本的な物理 法則は知られていてもあまりにも複雑すぎて従来の手法では解くことのできな かった問題の解を与えてくれる。今世紀のはじめ、気象学者のリチャードソン は気象力学の方程式を数値的に解くことによって気象の予測を行うことを考え たが手動計算機しかなかった当時の技術では困難であった。コンピュータの発 達によって彼の夢は数値天気予報という形で実現しつつある。

  4. コンピュータの中の宇宙

    このようにコンピュータシミュレーションは多次元、多自由度の複雑なシステ ムの挙動を調べることを可能にしてくれる。また、力のつりあいが成立してい ないようなダイナミックな現象を扱うことができる。さらに、天体現象のよう に地上の実験室でいろいろ条件を変えて実験してみることができない現象でも コンピュータの中に星や銀河やブラックホールなどのモデルを設定して実験を 行うことができる。たとえば、星の進化のシミュレーションでは星の質量や 元素組成をかえて数値シミュレーションを行い、どのような場合に星が超新星 爆発を起こして一生を終えるかといったことが調べられている。多数の恒星の 集団である球状星団や銀河系の運動の研究でも、コンピュータシミュレーショ ンが威力を発揮している。何万個もの質点の運動をコンピュータで追跡する ことによって、ふたつの銀河が衝突したときに何がこるか、膨張宇宙の中で、 銀河集団がどのようにして形成されていくかといった実験が行われている。 コンピュータシミュレーションは計算機の中にいわばミニ宇宙を作りだして、 その中でさまざまな実験を行うことを可能にしてくれるわけである。

  5. 科学研究の新しい方法

    計算機シミュレーションは従来の実験室での実験と理論研究に加わる強力な 手法として、科学研究の方法そのものを変えつつある (参考文献[1])。 アメリカ合衆国では、HPCC (High Performance Computing and Communication)プロジェクトの一環として従来の手法では解くことが困難な 問題の解をコンピュータシミュレーションによって求めること、またそのため に必要な超高速計算機の開発と超高速計算機ネットワークの整備が進められて いる。また、日本でも筑波大学などでシミュレーション用の超高速計算機の 開発が行われている。これらの概要については後に詳しく取り上げること にし、以下では計算機シミュレーションの方法と具体例を紹介する。